コトバのコトバ

第2回 旅とは文化の落差を確認すること

もともと「旅=文化の落差」理論(そんな大したものではないが)に到達したのは、新潟のカツ丼である。1997年、オレは若く細マッチョで恋もしていたが、あるビール会社の新潟限定ビールの広告もつくっていた。年に2タイミング撮影があるとして、そのロケハンでさらに2回行くとして、なんやかんやでさらに2回行くとして、ちょっとした新潟通。まあそんな感じだった。

新潟と言えば寿司である(ホントか?)。しかし20代後半にはじめて新潟に行ったときに、新潟と言えば寿司だと信じるオレはタクシーに乗って、「いちばんおいしいお店に連れてってください」と生意気にもぬかしたのである、20代後半の男が、だ。オレじゃなければ許さないところだ。しかし今書こうとしている本論は、オレが生意気ぬかしやがったことではない。愛想よく乗っけてってもらった先が「寿司S」という店だった。中に入る。カウンターに座る。ビールを飲む。「ちょっと切ってください」とか、またぬかす。さらに「何か地の魚を出してください」とまで、この小僧。しかしそれに対して職人氏自慢げに言うには、「ウチは基本的に築地直送」。なぬ?つまりこの「寿司S」は築地の、「寿司S」ってこと?当時オレの働いていたオフィスから歩いて2分のところにある、「寿司S」ってこと? どうやらその支店であることも間違いがなく、タクシードライバー氏ご推薦もむべなるかなのこの町有数の高級店であることも間違いがなかった、が。結局そこで5、6個食べて、安くないお金を払って外に出た。季節までは覚えてはいないが、記憶の中では雪の舞う哀愁の北国である。

オレの「旅=文化の落差」理論(そんな大げさなものではないが)が正しいとするならば、2時間あまりかけてたどりついたこの日本海沿岸の町での出来事は旅じゃないということになるが、その理論の完成にはまだ時間が必要だったので、ただ(なんだかなあ…)という思いだけだった。そして例の仕事で再び新潟を訪れたときに、一生忘れえぬ(これは大げさではない)出会いを果たす。

場所は古町からちょっと折れたところ、「とんかつ太郎」。悔しいことにB級グルメというやつでもう全国的に有名な店になってしまっているので、知ってる人は隣の人には(誰?)黙ってて欲しいのだが、ここのカツ丼は卵でとじてなくて、うなぎのタレとウスターソースを混ぜて気持ち薄めたような液体に、揚げたカツ(薄め)をちゃぽんとつけて、丼飯の上に4、5枚乗っけたヤツをカツ丼と称す。これがもううまいのうまくないのって、うまい。私ツボでした。この「とんかつ太郎」がコレ系の発祥の店で、市内や近辺にコレ系を出す店は数軒あるらしかった。しかしまあ、この地ではこれが「カツ丼」なのである。卵とじのカツ丼もあるにはあるのだが、少なくとも「とんかつ太郎」では、「卵とじカツ丼」と注文しなければならない。後に知ることになるのだが岡山にはデミグラスソースかつ丼なるものがあり(うまし)、その地でもわれわれが普段かつ丼と呼びならわしているものが食べたければ「卵とじかつ丼」と言わなければならない。そう言えば東京にある「アタマ」ってヤツ(カツ煮とメシが別)も、他地域の人には奇異に映るはずだ。そして新潟のカツ丼に、オレは「文化の落差」をついに発見した。そのとき感じたね、「今オレは旅をしている」。(『落差を求めて全国県庁所在地の旅』に続く、のか?)

 

宣伝会議「ブレーン」2010年6月号掲載