コトバのコトバ

ボクキキⅤモモコ編1:女優降臨。

「レイカの紹介で来たんだけど」その人は言った。
「モモコです」
日曜日の、12時前。前の夜のバイトが遅番だったから、ぼくはまだ寝ぼけていて、
(宅急便かなあ)目をこすりながらドアを開けたら、ビックリした。

そこには、サスペンスドラマで女刑事役の人が、立ってたんだもん。
たしか「熟女デカ網タイツ事件簿-犯人はアソコだ!」だったかな。
あまり芸能人くわしくないけれど、おかあさんが、そのドラマよく見てたんだ。

ぼくを逮捕に来たのかと思った。もちろん逮捕されるようなことは、やってないはずだけど、最近いろんなことが起こりすぎるので、たいていのことは驚かない。

「いつまで寝てるの」
ごめんなさい、ってこの人に、あやまるケース?

「ちょっとあがっていい?」
なんとなく刑事口調。

「男の子の部屋って感じねー」
散らかっててすみません。

「あのレイカが、ほめてたからねー」
そうなんだぁ(嬉)

「で、こんな男の子の、どこがよかったんだろう?」
朝一のお客さんとしては、最悪。

「冗談。かわいいと思うよ」
いずれにしても、最悪。

「これ、おみやげ」
「あ、これ3時間行列するドーナツですよね」
ちょっと、目が覚めた。
「自分じゃ並んでないけどね」
そうだろうと、思いますよ。
「コーヒーくらい入れなさいよ」
すみません。

「ねぇ、テレビつけていい?」
「いいですよ」

「まぁ、かわいいテレビ!うちのお風呂のテレビよりも小さい」
、ったく。ほっといてください。

ぼくがコーヒーを、ひとつしかないまともなコーヒーカップに入れてあげると、
一口飲んでまじめな顔をして「これ、インスタント?」と聞く。
やっぱ、まずかったのかなあ、と思っていると、
「なつかしい・・・」と目を閉じる。複雑だけど、悪い人じゃなさそうだ。

「でも、インスタントコーヒーのコマーシャルに、出てませんでしたっけ?」
とたずねると、人差し指を口の前で(しーっ)のかたちにして、
「出るのと飲むのは、別のことよ」
にっこり笑って、
「素人みたいなこと言わないで」
素人ですが・・・すいません。

「あなた、年いくつ?」
「21です」
「若いっていいね」
若いって、いいのかな?
「モモコさんも、お若いですよ」
「男の子がお世辞なんか、言っちゃダメ」
ほんとうにそう思うんですけど、肌もとてもきれいですし。

「女優に年齢の話をさせる気?」
「ご、ご、ごめんなさい、そんなつもりは」
「きみには、本当のことを言わなきゃいけないようだから」
???どうして???
「38」
自分で言っちゃった。
「でも、公称、ね」
え?
「ほんとは、」
ほんとは?
「45」
あちゃー、、、さすがプロ、サバのよみかたも豪快。

「わたしの21のころって、・・・あなた、バブルって知ってる?」
聞いたことはあります。
「ちょうど世の中が、バブルの頂上を目指して舞い上がってるころだったの。
まいにちが、お祭り日本一決定戦くらいお祭りで、」
すごそう。

「オークラも、オオタニも、帝国も、スイートじゃ間に合わないから、ワンフロアー。
ゴールドも、マハラジャも、ジュリアナも、ワンフロアーじゃ間に合わないから、
お店ごと。いつも借り切り」
よくわからないけど、すごいんだろな、だってぼくが、たまに行く下北のクラブなんて、8畳ひと間くらいだもん。

「お友達が100本用意してくれたドンペリを飲みつくして、
それでもわたしもっと飲みたい!って言ったら、そのころのボーフレンドが買いに行こう、ってそのまま自家用ジェットでパリ」
うーん。ちょっと面倒くさそ
「わたし、そのころはかわいかったのよ」
「いまでもお美しいですっ、お世辞じゃなく」
モモコさんは、ありがと、って感じに微笑んで、でも、ちいさなため息をついた。

「もう目が覚めた?」
「はい、覚めました」
「短刀直入に言うと、説明とか省きたいし。わたしが、レイカのつぎ」
本格的に、目が覚めました。はい。

「例の女、ナンバー4。なんか数字悪いね」
そうか、いろんな女の人がやって来るんだな、なるほど・・・って感心してる場合か!
「ちょっと散歩行こうよ、天気もいいから」モモコさん、提案。
それはそれで、いいですねぇ。

大急ぎで、顔を洗って歯を磨いて、晴れた真昼の空の下に出た。
が、、、しかし、「そのカッコ・・・」

モモコさんは、大きなサングラスをして(それはいい)
幅の広いマフラーを首にぐるんぐるん巻いて(それもいいとして)
口に花粉症用のマスク、あたまにアポロキャップ、
そしてからだ全体を、まっ黒なポンチョのようなものでくるんでいる。

「そのカッコで、うちまで来たんですか?」
「ハイヤーだから」
「だからって・・・」
「だって、芸能人だってバレると、面倒くさいでしょ?」
でもこれじゃ、映画の中のテロリストか、オペラ座の怪人だ。
ほらほら、みんなじろじろ見てる。逆効果。
なんとか説得して、帽子とマスクをとってもらって、ようやく、ふ~、散歩開始。

「こんなにお外を歩くのって、いつ以来かしら?」
無防備に歩けるのは、屋内だけだって、、、大変だな、有名になるって・・・。

「山手線に乗ってみたい」散歩にならないですよぉ。
でも、モモコさん、楽しそう。
彼女、山手線どころか、電車に乗るのもひさしぶりみたい。
記念に、って、Suica10枚買っていた。
でも自動改札に3回引っかかって、後ろの人に、にらまれていた。
外が見たいからドアのところに立って、ぼくがにわかバスガイドさん、バスじゃないけど。
窓から見えるレインボーブリッジも、アキバの電気街も、巣鴨の元気なおばあさんたちも、池袋や新宿や渋谷で乗り降りする大量の人々も(つまり1周したのだ、へとへと)
すべてが新鮮に見えるようで、いちいち、あれ見てー!なんて歓声あげるものだから、
みんな注目&ドン引き。

「こんなに楽しいなら、明日のCXの収録も山手線で行こう」
って、お台場には、通っていませんが。
「東京って、いいわねー」
まあそうですが。
「パリもニースも、もう行かなくていいわ」
ぼくが代わりにいきますが。

「ファーストクラスだから、すぐに寝ちゃうの。窓の外を見とけばよかった」
窓の外は、空だけですが。

五反田あたりで、モモコさんなにか発見した模様。
「ねえ、あのヘ・ル・スって、なにするところ?」
声が大きいですよぉ。

「・・・エッチなことするところです」
「イレていいの?」
だから声が大きいですって。

「・・・イレ、ちゃ、、ダメです」
「じゃあ男性はどうやってきもちよくなるの?」
「・・・(赤面)・・・」

「ほら、ヒトミくんも、ピュッと出るでしょ、そこにどうやって到達するの?
って聞いてるの」
ああ、もーーー。

「・・・ク、ち、、でス」
「口でイッたらどうするの?」

「ぺっ、っテするンダとおモイまス・・・」
「こう?」
もぉおおー、そんな口からペッ、ってするポーズすのやめてくださ~い。
恥ずかしすぎる&ピエールがムズムズするじゃないですかぁぁぁ。

「へへへ、ヘルスくらい知ってるわよ~ん。あ~あ面白かった」
えええええーっ!からかってたんですかぁ?ひどいですよぉ。

「ごめんごめん、でも山手線が久しぶりなのは、ほんと。わたしは秋田で生まれて、
14歳でデビューした」
ぼくが生まれるずっと前だ。

「初めて東京の街に降り立ったのが、上野駅。初めて乗った東京の電車が、山手線。
乗ったのは、後にも先にも、それっきり」
モモコさんは、窓の外の遠い山の、その向こうを見るような目をした。

そのとき、気づいた。
(この人は、いま、あまりハッピーじゃない・・・)