コトバのコトバ

ボクキキⅤモモコ編2:モモコさんの恋。

「電車に乗ったことがない。正確に言うと、乗せてもらえない。どこへ行くにも、トイレ行くのも、ずっとマネージャーが付きっきり。バリバリのアイドルだったから」
アイドルかぁ、かわいかったんだろうな~~~。

「歌手だったのよ。50万枚売れた曲もあるの。レコードの時代・・・。ヒトミくん、
レコードって知ってる?」
知ってますよー。

「でも、超オンチ。人前でなんか歌ったことないもん」
「えっ?どういうことですか?」

「ぜんぶ、口パク。あ、口パクって言っても、アレをお口でモグモグすることじゃなくってよ」
この人、ぼくがなんにも知らないと思っているようだ。

「まいにちまいにち、口開いて笑っているだけ。いまのレイカより、ヒドイ。
それなのにあのコ、わがままばっかり、、、あなた、叱ってくれたんですってね、エライ、ありがとう」
わーい、ほめられた。

「あらま、もうこんな時間!」
ほんとだ、午後6時。

「おなかすいたわね。なんか食べに行きましょう」
賛成!なに食べさせてくれるかなー、
とペコペコのおなかを期待でふくらませながら、3度めの渋谷で、山手線を降りた。

ところが、入ったお店は、ぼくがよく行く居酒屋チェーン、
1杯め生ビール100円の店。
モモコさんが、若い人が行くようなところに行きたいのっ!と主張したからだ。

黒毛和牛ステーキも、大とろ1コ3000円お寿司も、食べ飽きたんだと。
ああそうですか、っと。

フォアグラもキャビアも、「そんなおいしいもんじゃないわよ」だと。
・・・そんなの、食べてみないとわからないし。。。

若者たちのバカ騒ぎの中で、モモコさん、あきらかに浮いている。
でもモモコさん、ほんと楽しそう。

メニュー見ながら、
「なんで、大トロのお刺身が、780円なの?」
安すぎる、ってことらしい。

「ほんとにマグロ?こんにゃくじゃないの?」
お店の人に聞かれると、怒られますよ。

「生しぼりレモンサワーって、なに?ゴムしぼりレモンサワー、もあるの?」
ペロッと、舌なめずり。
そういう話は、熱心に掘り下げますよねぇ。。。
あ、店員の女の子、あきれて行っちゃった。

「よろこんでぇーよろこんでぇー、って言うけど、みんな喜んでくれてよかったねー」
でも、かわいい人。

「どこまで話したっけ?」
「マネージャーがきびしくって、いつも監視されてた、ってあたりです」

「でもわたし、恋におちたの」
彼女、少女のように、はにかんで見せた。

「17歳のとき、お相手はプロ野球のN選手」
うわあ、ぼくが子供のころ、大ファンだった人だ。

「あなたが知っている彼は、大打者になってからの彼だけど、私たちが出会ったころ、まだ彼は新人で、ニキビ面で、、、ふふふ」
思い出してる。

「雑誌の対談で会って、その日のうちに連絡とって・・・私のほうが、積極的だったかな、ふふふ」
レモンサワーのせいか、顔がほんのり色づいている。

「初めて好きになった男の人。人を好きになることを、教えてくれた人」
いい話だ。

「処女ではなかったけどね。故郷の町で、わたし、ワイルド淫乱美少女として有名だったから」
・・・いい話じゃない。

「恋愛するのも、タイヘンだった。妙な色気出して、悪い虫がつかないようにって、マネージャーがオナニーの仕方まで教えてくれるような生活よ。もう、バレないようにバレないように、必死」
でも、バレちゃうんですよね。

「きっかけは、毛」
???

「夜遅く、部屋に帰ったわたしの歯と歯の間に、彼の陰毛がはさまってたのねー」
あちゃー。

「それでバレて、彼が呼びつけられて、うちの事務所、もう会わないと誓約書を、彼に書かせたの」
・・・悲恋。

「それから、一月ほどたって、彼から短い電報が届いた。今日の試合を見てほしい、って。彼を見るのはつらいから、やめようと思ったけど、やっぱりガマンできなかった。
彼はその夜、3本のヒットを打った。どれも、外野フェンス直撃。
その3本の当たった場所を見たとき、わたし、涙が止まらなかった。

フェンスの打球が当たった場所に書かれた、スポンサーや商品の名前。
一本め、アイスもなかの、も。
二本め、ライオンモータースの、モ。
三本め、吉田興業の、興。
三つ並べると、も・モ・興!そう、モモコ!!!」
モモコウ、だと思うけど。。。

「彼からの、最後のラブレターだった」
「それからいくつも恋をしたわ・・・恋は、つらくても、、、すてきなもの」

憂いたっぷりの横顔は、昼の連ドラ「ふたつの乳首」で、夫の弟と恋に落ちる主婦の顔だ。こんな居酒屋「村まつりエッサッサ道玄坂2号店」でも、さすが、女優。

「コートダジュールの砂、って曲、知ってる?」
なにそれ?

「そんな曲がヒットしたことがあったの、あなたがちょうど、おチンチン丸出しで
生まれたころかしら」
みんな丸出しですっ。

「Pって歌手、知らない?」
知らない。

「その1曲で消えちゃったんだけど、わたし、お付き合いしてたの」
はい。

「でも短いあいだ。8回くらいかなあ」
回数で言わないでください。

「Pにはヘンなクセがあってね、セックスするとき、かならず、コートダジュールの砂のレコードをかけるの、枕元で」
たしかに、ヘンなの。

「しかも、小さな声で自分でも歌いながらね。♪カエルはカエルぅぅぅ海じゃぁぁ生きていけないぃ~」
なんちゅう歌だ。

「そして、その1曲ちょうどで、イッちゃうのよ。これがほんとの、一発屋。
きゃはははははははは、、、いまのどう???」
・・・まあおもしろいですけど。それも、「つらくても、、、すてきなもの」なんですかぁ?

モモコさん、こんどは熟女デカが、殉職した上司を思い出すときの顔。

「忘れられない男、、、大物俳優の、W」
その人なら、ぼくだって知ってる。

「当時わたしは28歳。下手な歌に見切りをつけて、女優の仕事を始めていた。
いい役ももらえて、すべては順調、彼に出会うまではね・・・」
なにがあったんだろう?

「Wには、奥さんがいた。当時は、史上空前の不倫ブーム」
史上、って言われても。しかも、空前。

「不倫をテーマにした映画のお仕事で、初めて彼と会った。彼はそのとき40歳。
大人の男のフェロモンがギャランドゥから噴出して、1秒で気絶するくらい」
Wさん、出しますねぇ。

「わたし、撮影期間中、ずーっとずーっと泣いてた。映画のお話が現実の出来事のように思えて、主役の女性がわたしそのものに思えて、あまりの恋の切なさに・・・。
すごい演技だって言われたけど、あれは演技なんかじゃなかった。。。
そして二人が初めて結ばれる日が来た」
もうエッサッサの喧騒が、耳に入らなかった。

「撮影のクライマックス、べちょべちょの濡れ場」
べちょべちょ、は、いらないです。

「スタジオには、ダブルベッド。二人には、監督のスタートもカットもいらなかった。
わたしたちは、二つの生き物だった。わたしはもちろん、濡れていた。
そのことを彼に気づかれまいと体勢を入れ替えたら、手がなにか硬いものに・・・さてなんでしょう?はいっ、ヒトミくん!」

、、、答えたほうがいいんですか。

「彼も同じ気持ちでいてくれたことが、気絶するほどうれしかった。
わたしたちは、この台本を渡されたその場そのときから、すでに恋に落ちていたのだ」
これだ!すてきな話って、これだ。

「そして、イレちゃったの」
・・・イレちゃう、ん、、です、、、かぁ。

「ただひたすら、むさぼりあったわ、居合わせた人にバレるとかお構いなしに。
昭和最高の濡れ場、と賞賛され、数々の賞をいただいた演技の真相は、これよん」
よん、って。

「でも幸せは、長くは続かなかった。週刊誌に、嗅ぎつけられたの。彼の奥さんが激怒して、大勢の人の前で土下座させられたけど、ぜんぜん苦痛じゃなかった。演技したから、不倫女の役。現実と演技が、あべこべよね」
モモコさんは笑おうとしたが、こんどはうまく笑えなかった。

「・・・つらくても」
のパートだ。