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スカイワード「タビノチカラ」

王貞治×山本高史

JALグループ機内誌『スカイワード』2011年9月号より

 

旅はたくさんの喜びを私たちにくれるが、その大きなひとつに「出会う」という喜びがある。旅先で、旅の途中で、未知の人、初めての景色、めずらしい味わい、異なる文化、などとのさまざまな「出会い」を通して、発見や驚きや感動に「タビノチカラ」を思い知る。

今回は日本津々浦々で、世界を舞台に多くの「出会い」を重ねて来られた王貞治さんをお招きして、ご自身の旅に対する考え方、そこでの貴重な経験の数々、実感された「タビノチカラ」を中心に、じっくりお話を伺った。

 

山本 ご存じのように我が国は震災以降、もういちど立ち上がろうとみんなが一生懸命がんばっています。JALもその一員として「日本に旅の力を」というキーワードを掲げ、旅することでひとり一人が元気を取り戻そう、人が動くことで日本を元気にしようというキャンペーンを展開しています。ぼくたちは旅にはそんな力があると信じているわけですが、王さんは旅をどんなふうに捉えていらっしゃいますか。

 

王 ぼくは仕事で、一年のうち144試合があるのですけど、つまり一年の半分はどこかに行っていたわけですよ。本拠地は福岡なのですが、試合のたびに、大阪、東京、札幌、仙台、といつも動いていました。もちろんそれは仕事で動いているのだけれども、やっぱり今回はどこそこへ行くからあそこへ行ってみよう、なんていう楽しみはそれぞれの土地にありました。いまあちこち動く人たちの大部分は仕事で動くんでしょうけど、仕事でも「未知との遭遇」とでも言うか、現地に行けば毎回新しい発見があったりするわけです。行って、見て、はじめて自分が想像していたこととは全然違うことを知る。そんなときに「やっぱり旅っていいなあ、来てよかったなあ」ということは、みんな誰しも感じることだと思うのです。空港にはいつも人がいっぱいいて「動く」ということがいまの我々の生活の一部になりきっています。そういう点では「旅をする」という改まった気持ちでなくても、動いていくことが当たり前の時代ですよね。

 

山本 監督になられる前の現役の選手の頃からずっと動いていらしたわけですよね。その頃も仕事とセットで旅を楽しんで来られたんですか。

 

王 そうですね。試合前でもやはり時間は少しあるんですよ。ただ、試合があるのでエネルギーを使うようなことはできないわけです。散歩をするとか、ちょっとあそこへ行ってみようという程度のことになりますが、それがいい気分転換になったり、うまく時間を使えたことによって次の日の試合もうまく乗っていい影響を与えたりするときもあれば、せっかくの時間をだらだらと過ごしてしまって試合もなんとなくやり過ごしちゃったな、なんていうときもあるわけです。選手として21年間、毎日毎日が試合でしたから長いことそんな生活を続けていると、試合の合間に気分転換できる機会を見つけていくことも仕事の一部と言うか。普段は行かないような場所に出向くときは計画を立てますね。長野には三回くらい行っていますが、長野なら善光寺さんに行ってみるとか。

 

山本 先程「現地に行くと思っていたことと違う発見がある」とおっしゃいました。最近はインターネットでバーチャルな体験ならいつでもできるようになって、それで満足することも可能ではあります。でも実際に動いて、現地に行き、実物を見ることで得られるものは桁違いに大きいと、旅してみれば感じます。王さんの特に印象に残っている「現地」はどこですか。

 

王 ぼくは野球をやっていてよかったと思うことのひとつは、普通の仕事では行けないような場所へ行けたこと。23,4の頃、まだ誰でも旅ができる時代ではなかった頃にヨーロッパに行ったり、ソ連時代のモスクワにも行きました。アメリカだと、ロス、NY・・・。メキシコ、テオティワカンで見た小さなピラミッド。プライベートではバルセロナのオリンピックの熱気の中を歩いてみたり、自分の頭の中では大きく思い描いていたマドリッドのドン・キホーテの銅像を見て「実物は小さいな」なんて思ったり。いまはぼくが若かった頃よりもっと情報があって自分の中でストーリーが描きやすいので、実際に行ってみて「思い描いていたのと違う」ということは逆に昔よりもっと多いのかもしれないですね。

 

山本 王さんは旅を通しての出会いや経験を糧にされていますね。それを次への力にされています。すごくアクティブな旅観をおもちなんだなと、と感じます。

 

王 外へ出かけていくと解放感もあるし、想像していた以上に楽しみもあるし、おいしい食べ物もあるし、旅の魅力にとりつかれた人はしょっちゅう出かけたくなるでしょうね。

また、昔は船で行くしかなかったところへも、いまは飛行機で飛んで行けるわけですから。もっとも、便利になればなるほどぼくらはスケジュールがタイトになって大変なんですが(笑)でもそのおかげで試合も多くできますし、より多くのお客様に見ていただけるのでね。飛行機に乗ることはぼくの場合は日常生活のリズムになっています。年間何時間乗っているのか、わからないくらいですけれども。

旅のいちばんの魅力はやっぱり「人間」でしょう。物は物で楽しみはある。けれども物っていうのは何度訪れても変わらないけど、人間っていうのは自分と同じように相手にも感情があって、その都度違うし感じるものも違う。もし旅に行っても地元の人と出会わなかったら、全然つまらないでしょうね。その土地で生きている人々との触れ合いが、旅の魅力を倍増させてくれるんじゃないかと思いますね。たとえばパリに暮らしている日本の人と会ったりすると、同じ日本人でも長く滞在しているから、半分現地の人になっていたりするのがおもしろかったりね。

 

山本 10代、20代、30代、40代。その時々でする旅と、そこから得られるものは違うんだと思います。王さんはこれまでの旅を経て、現在70代の旅をしていらっしゃいます。やはり年齢によって旅への思いは変わってきましたか。

 

王 受け止め方は変わってきましたね。若いときは、自分の意思で旅をしているって感覚じゃないんです。ただただ、動いているだけで。動くことが旅の目的であるかのように。歳をとることでだんだん自分の意思で旅をするようになるけれども、仕事中心で動いている人にとっては時間がないだろうから、時間があるなら休んじゃおうという気持ちになるだろうし、やっぱり旅をするには少し気持ちの上で余裕がないとね。20代の頃に行ったパリも70代では違うでしょうし、帰ってきて振り返って「あそこへ行けばよかったな。今度は行こう」なんていうのも楽しみのひとつですよ。

 

山本 少年野球のことについて伺います。旅の喜びが人と出会うことだとすると、世界中から旅をして集まった子ども達が野球を通して出会います。発見と驚きに満ちた一生の経験ができるグラウンドを王さんはつくっていらっしゃいますよね。

 

王 まあ、子どもはそういう経験をして大きくなっていくんですけれども、そんな成長の過程のある部分をいろんな大人たちが担って、子供達に経験をさせていくわけです。ぼくは野球を通して彼らにそういう機会をつくっている。ぼく自身、野球によって人生がものすごく変わったわけですが、彼らの人生においても多少でも変化が起きるといいな、と思ってね。なにも野球をするということだけでなくて、そこで友達がたくさんできたり、自分に自信をもてたりと、いろいろな体験ができるわけだから。ぼくらも小さいときに大人の人達にそういう場をつくってもらって貴重な体験をさせてもらったわけだから、今度は体験させる機会をつくる側になって、子ども達が「体を動かすって気持ちいいことだな」、「がんばってやればこんなにできるんだ」、「打ったボールが遠くまで飛んでいくと、こんなに気分がいいんだ」なんてことを知ってもらえれば、ほんとうにうれしいです。

 

山本 世界少年野球大会は、野球を通じて、ということはもちろんなのですが、その場所で誰と出会うか、何と出合うか、どんな発見があるか、それをどんな糧にして力にするかという点で、王さんの旅とすごく似ていますね。

 

王 旅は何度同じところに行っても違う発見があるけれど、それは人との出会いがあるから。もし出会いがなかったら、こんなにつまらないものはないですよ。そこに、子ども同士なり、大人なり、人と人のふれあいがあるからものすごい価値になるわけですよ。言葉を超えて、空間も超えて、いつも自分がいる空間とは違う、知らないものを味わえることがいいこと。人間は好奇心が強いから、知らないものに触れてみたいんです。

 

山本 そんなに遠くに行かなくても、近くでもいいかもしれませんよね。

 

王 そうですよ。隣村だっていいわけです。うちの親父なんかはひとつ山を越えたら言葉が違ったというような田舎に育ったのですが、そこで人と人をつないでくれたのは行商の人だった。物も運んできてくれるけど、行商の人が通訳みたいになって言葉をつないでくれた。知らないことを教えてくれた。人間が人と人をつないでいたわけですが、いまは飛行機がつないでくれているのではないかな。

 

山本 残念ながらそろそろ最後です。王さんから、いまの日本を元気にするような言葉をいただけますでしょうか。

 

王 いまはチャンスだと受け止めればいい。旅をするにもいい機会です。こんな時期だからこそ、必死で生きようとする本来の日本人の姿だったり、本当の人間の行いにも触れられるだろうし。「こうしたい」という思いをあえて行動する、ということが大事でしょう。日本にとっては今回の震災は大変な出来事でしたけれど、長い目でみれば「あのときがあったからいまがある」という時代がやがて、かならず来るわけですから。だって、人間は生きていかなくちゃならないんですから。あんまり自粛だとか、考えすぎるのもいけないと思います。野球でも昨日も3万5千人のお客様に見ていただいて。「野球なんかこんな時期に」と言う人もいますけれど、人の意見は聞きつつも惑わされることなく「自分がこうしたい」という気持ちに正直に従えばいいんじゃないかと思うのですよね。

 

 

【プロフィール】

王貞治(おう さだはる)

プロフィール 1940年東京都生まれ。ご存じ世界のホームラン王。1958年巨人軍入団から1980年現役引退まで、ホームランを868本放ち、三冠王にも2度輝く。巨人軍監督(‘84~’88年)、ダイエー、ソフトバンク監督(‘95~2008年)としてリーグ優勝4回、日本一2回、06年にはWBC日本代表監督として日本を世界一に導き、現在、福岡ソフトバンクホークス球団取締役会長。

 

山本高史(やまもと たかし)

1961年京都府生まれ。㈱電通を経て、㈱コトバ代表。広告のクリエーティブ•ディレクター。このシリーズにおいていろんな方々の「旅」を引き出すホスト役。

 

【編集後記】

王さんは相手の目を見て話す。相手の目を見て聞く。だからぼくは、ずっと王さんと目ををそらすことなく会話していたことになる。緊張するなというほうがムリだが、その緊張する心の隙間に王さんの言葉がスッと入ってくる。すぐに温かく沁みわたる。王さんに日本へメッセージをもらった。それは仕事上で、旅のテーマで、日本に向けて、だ。なのにそのメッセージは自分に「しっかりしろよ、がんばれよ」と言われているように聞こえた。ぼくの目を見て話す人は、世界に誇るホームラン王でも、球史に残る大選手でもなく、ひとりの素晴らしい人生の先輩だった。ありがとうございました。(一仕事終えてようやく脱いだ上着が、冷や汗を吸って鎧のように重かった)

山本 高史