コトバのコトバ

ボクキキⅥ.シルビア編2:女王様の誕生。

絶対、そうだ。
マチコのしゃべり方には、クセがあって、「でしょう」とか「しましょう」の「う」が、普通なら「しましょー」のような音引きになるのに、彼女の場合は、「しましょう」と書かれたまま発音するように「う」にアクセントがある。
そんなしゃべり方する人なんて、ぼくは生まれてからマチコしか会ったことがない。

「ぼくだよ、西3中の同じクラスだったヒトミだよ」
「お黙りっ!」

発見!
「ほら、右目の下の、泣きボクロ!」
「お黙りったら!!!」

バシイイイイーーーンって振るったムチが、あいかわらずハダカで四つんばいの、ぼくの手に当たった。
「痛てっ」

女王様あわてて、
「ごめんなさい、だいじょうぶ、ヒトミくん?!・・・あっ」
目を合わす二人。

「バレちゃったようね」
女王様が、初めて笑った。

「う、には気をつけてたんだけどね、そのせいで、ずいぶんイヤな目にあったからね」
そんなことだろうと、思ってた。たぶん、男にだ。

「わたし、いじめられてたの、ずっと」
「西中のときは、そんなことなかったじゃない、マチコはいつもやさしくって元気、って記憶しかないけど」

「問題は、高校生のとき」
たしか、彼女は工業高校に行ったんだ。

「わたし、ユメがあった。大人になったらロケットをつくって、宇宙に打ち上げたかった。だからわたしは、稲工に入った」
稲工とは、稲川工業高校のことだ。校長が稲川淳二のファンで、そういう名前にしたらしい。偏差値は高くない。

「学校の中で、女はわたし一人。モテモテかなあ、って最初はちょっと期待したの。でも、真逆。男って、サイテー」
なにが、サイテーなんだろう?

「わたしが、いつかは宇宙にロケットを打ち上げたい、って自己紹介したら、みんなゲラゲラ大笑いするの。こいつユメ見てるよ、そんなのできるわけねーよ、バカじゃねーかって」
ユメを見て、どこが悪いんだ?

「じゃあ、あなたたちは何になりたいの、って聞いたら、ラクしたいとか、金持ちになりたいとか、そんなのばっかり。バカはどっちだっていうの。でも他人は他人、わたしはわたし、おたがい好きに生きればいいって決めたんだけど、ヤツら、頑張るわたしが目ざわりだったらしくてね」
ひどいね。

「まず、ひどいあだ名をつけられた」
どんな?

「わたしのしゃべり方のクセの『う』と宇宙の『う』、さらに背が高くって細長いから、結局、ウナギ。ほら、これ」
指差したタトゥー。
赤いバラをくわえた蛇じゃなくて、赤いバラをくわえたウナギだったのか!

「ほんと、男って、サイテー」
、、、サイテーだ。

「卑劣ないじめも、もちろん、いろいろされた」
いじめは、ぜったいに、ダメだ。

「上履きに、生きたウナギを入れられたりとか」
そりゃ、ひどい。ウナギも、いい迷惑だし。

「ノートの間に、蒲焼はさまれたりとか」
ひどすぎる&もったいない。

「誕生日に、うな重もらったりとか」
それは・・・ひどい・・・か?

「クラスの全員から、40個よ」
やっぱり、ひどい。

「宇宙へのユメも、いっきに墜落したわ」
、、、かわいそう。でも、うまいこと言う。

「自分にユメがないからって、ユメを実現するための努力をしないからって、他人のユメまで邪魔するなんて!だから男は、みんなサイテー」
サイテーだ、たしかに。

でも、いじめは最悪、かわいそうだけど、異性がみんなサイテーに見えてたら、それこそタイヘンだ。
だって、恋もセックスもできない。そっちのほうが、かわいそうかも。
なーんて思いながらも、ぼくはまだ、ハダカで四つんばい。

「そろそろ、座ってもいいかなあ」
「うーん、仕方ないなあ、今日だけは特別ね」
今日だけは、って、、、今日だけでいいよっ。
「でも、もう少し話を聞いて」
マチコがどのようにして、シルビアになったのか、ということだ。

「ばかばかしい、エッチなこともいっぱいあった」
ありそうだな。

「いちばん多かったのは、わたしのあだ名にかけて、ウナギダンス」
なんとなく、想像つくかも。

「男たちが、自分のアレにウナギのペイントをして、毎朝見せに来るの。そして、ぶるんぶるん振り回すの。そして嫌がるわたしを見て、みんなで笑う。信じられない」
想像どおり。そんなことして、楽しいか?

「わたしとなにかしたいのなら、正々堂々と誘えばいいのに、いつも大勢で子供みたいに」
でも、もしかしたら、みんな、ウナギ、じゃなかったマチコのこと、好きだったのかもな。

「男が、どんどん、イヤになった。うんざりうんざりうんざり!」
わかるけど。

「いじめられたら、もちろん、つらいわ」
そりゃそうだよ。

「でも、それ以上に、女一人をよってたかっていじめる、男心が情けなくて」
男心か・・・まったく。。。

「男って、男って、男って、サイテー」
そういうことだったのか。

「そして、ついにわたしがキレる日がやって来た」
マチコは、その日のことを思い出しながら、かみしめるように話した。

「いつものように、ウナギダンスが始まって、うんざり顔のわたしの前で、アレをグルングルン振り回しながら、ひとりの男が『ウナギのかあちゃんアナゴ』って言ったの」
、、、小学生か、ったく。っていうか、わけわからん。

「わたし、自分のことならガマンできたけど、親のことは許せなくて、」
わかるよ、わかるよ。

「ウナギのかあちゃんは、ウナギ!って叫んで、」
なんちゅうリアクションやねん。

「そばにあったモノサシで、そいつのアレを、ビシーーーーン!」
痛ててててて。

「そしたら、さっきまで騒いでいた男たちが黙っちゃって、みんなビクビクしちゃって、モノサシで叩かれたヤツなんてイッちゃって、なあんだ、やっぱり、こいつらみんな弱虫じゃないか、これからこうやっていたぶってやればいいんだ、ってわかった」

シルビア様の誕生、ってわけだ。

「男たちはもう、そばに寄っても来なくなった。そばに寄るなら、わたしのほうから。モノサシを持ってね」
マチコ、しゃべり方も表情も、シルビア様に戻ってる。

「すぐにわたしは高校をやめた。1年生の秋だった。そして、わたしは女王様になった。もっともっと男たちを懲らしめてやろう、痛めつけてやろう、そう思ってねぇえひゃひゃひゃはやは」

顔が、(例)虫の居所が悪いと、駐輪場の自転車をなぎ倒す女、の顔になっている。

「わかったかぁ、このチビダコ!」
シルビア様、完全復活。
「なるほどね。わかったよ。いろいろあったね」