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ボクキキⅢアユ編2:アユの美人論。

もとの自信なさげしゃべり方に戻って、
「わたしの話でよかったら聞いてくれます?知ってもらったほうが、いいかも。
どうせあとで、いろんなところをぐじゅぐじゅしあったりするわけですから」

・・・ぐじゅぐじゅ、、、しあったり、、、まあね。

そして彼女は、不幸な身の上話をするような表情で、話し始めた。
それはたしかに不幸なものだったけど。

「名前はアユ。年齢はヒトミくんより3コ上。職業は区役所の戸籍窓口で、夕方からの本屋さんは、内緒のアルバイトなんです」

キャバクラでバイトしてることを告白するかのように、ひそひそ声だ。
それにしても、地味な毎日なんだろうなぁ。

「じつは、アユって名前自体が、コンプレックスなんです。飲み会でも合コンでも、自己紹介するたびに、自分の名前を言っただけで、笑われる。クスクス、って。そのクスクスが、結構つらい」
どういうこと?

「名前があの歌手と同じだけで!」
そうか!

「でも顔がちっとも似てないだけで!
わたしの顔には華がないというだけで!
ぜんぜん目立たない地味な女ってだけで!」
、、、十分なような・・・。

「そもそもあっちは、アユミじゃないか!こっちは正真正銘のアユだ。ホンモノだ」
たしかに。名前に関しては、ニセモノは、あっちかも。

「ですよね。ぐすん。それでも、まあいいっか、いつか慣れなきゃって、いちど飲み会で、同じアユでもおいしく太らせたアユで~す、って自己紹介したら、男子チームの一人が、アユっていうよりフナだなあって。。。牛次郎北綾瀬店、店内大爆笑。店長からカルビ5皿サービス。」
ひどいこと言うなぁ、、、うまいこと言うなぁ。

「・・・顔も名前も、大嫌い」と目を伏せた。

彫刻刀で、すっ、と切れ目を入れたような細い目。
低くて小さい鼻。唇ははれぼったく、歯並びはきれいだ。
そんなパーツが、ややしもぶくれの顔についていて、全体的な印象は、比較的上手にできた福笑い?失礼。

いずれにしても、どうやらぼくは、この人とセックスしなきゃならないのだ。
ぼくにできるかなあ。心配。
というのも、彼女ちっとも楽しそうじゃないから。
顔が地味だとかじゃなくて、ぼくが彼女の悲しみをしょいこんで、アレをドカーンとタタせられるかということ。まだルーキーなんですよ(って誰に懇願?)。きびしい戦いになりそうだ。第2戦にして、早くも窮地かヒトミくん!っていうか、ぼく。

「ちょっと話を変えるけど」
いいですよ。

「ヒトミくんは、どんな本を読むんですか?」
漫妻以外にですか・・・。

「作家は誰が好き?」
うーーーん。

「じゃ作品は?」
うーーーん。

「急にごめんなさい。書店で働いていると、ついつい気になって」
『ノルウェイの森』の、主人公が外で口でヌイてもらうところは好きなんだけど、とか言えないしな。

「わたしは時代物が好き。山本周五郎先生や藤沢周平先生。潔くて、細やかで、あたたかくて、せつなくて、なによりも・・・」
なによりも?

「登場する女の人たちの顔が、わたしに似ている」

どうもこういうことらしい。
アユさんが話してくれた、ある時代ものの作品の一節の、美人を表現したくだり。

(うりざね顔に、切れ長の目は、真一文字に涼しげで、鼻は小さく愛らしく、ぽてっとした唇が男心をそそる)

「ねっねっねっ、それ、わたしでしょ?」
たしかにそうかも・・・。

そういえば浮世絵の女性たちって、みんなアユ顔だ。
21世紀には地味でも、江戸時代には美人顔だったってことか。

「世が世なら」
300年早く生まれてたらですけど。

「遠くさかのぼれば、万葉!天平!」
1300年早く生まれてたらですけど。

「アユって名前で笑われることもなかったはず!」
あっちのアユも生まれてませんが。

「ああいまが江戸時代だったらいいのに!」
それムリですが。

「みんなの価値観が江戸時代に戻ればいいのに!」
まったくムリですが。

「昔はマグロのトロだって捨ててたって言うし」
論理にムリがありますが。

「だからわたしは、ライフワークとして、江戸時代研究家を目指しているの」
見せてくれたぶあつい学術書には、彼女の長い論文が載っていた。

題名は「美人の宝庫、江戸」・・・学問って、執念なんですね。

人を見た目で判断しちゃだめだよ、と言う人がいる。
でもすくなくとも、自分の見た目にまったく自信のない人は、そうは言わない。
地味顔の人が、人を見た目で判断してはいけないとは、なかなか言えなものだ。

見た目がすべてではないけれど、見た目で気持ちが動くのも、やっぱりしょうがない。
ぼくだってアユさんの、外見を見てた。それどころか、印象にすら残ってなかった、、、し。

でもでもでも、彼女みたいに、自分からそのトラップに捕らわれているのも、どうだろう。
こうして公園のベンチに腰かけて話をしているあいだにもわかる、彼女のこまやかな心遣いや、状況が読める頭のよさ。
それだけで、とてもすてきなのに。

「それでね」
さっきまでうつむいていたアユさんが、急に顔を上げた。

「この休み時間中に済ませておきたいのですが、例の件」事務的な言いかた。
セックスしましょう、ってことなのに。
う~ん、さすが区役所職員。

「でもわたしこう見えて、けっこう経験豊富なんですよ」
いきなり、そっちの話ですね。

「みんな誘ってくれるし、誘われると断れないし」
それ、いいように使われているのでは?わたしでよかったら、が、ダメなんです!

でもアユさんは、「例の女」だ。同情も油断も禁物。
と、気分をハードボイルドにしてみた。
ついでにアレをハードコアにしてみた。ア・リトル・ハーダー。

ラブホテル街への道すがら。アユさん、
「飲み会とかで酔っぱらって、わたしとそうなっちゃう人がいるんですね、ウッカリさんですね」
自分で相手を、ウッカリさん、なんてこと言っちゃダメ。

「すると翌朝わたしを見て、やらかしっちゃったー、って顔をするんです」
だから自分で言っちゃダメだって。
あと、そのときの(やらかしっちゃったー)男の顔マネしなくていいって。

「酔っぱらったつぎの朝、いつのまに買って食べたかわからない焼きそばが、テーブルの上にあったみたいな」
なるほど、、、っておい。

「そういうときは、最初は悲しかったけど、このごろは、いいの、わたしでよかったら、って思えるようになったから」
また、言った。
でもそれが本心でないことは、彼女の、遠くを見るようなまなざしでわかる。

しかしホテルに着いてからの、彼女の動きは敏速だった。

ぼくはこういうとこ、初めてなんだ。
あとついてテケテケ歩くカルガモのヒナみたい。

彼女はラブホテルのロビーのパネルを操作し、フロントの小窓から鍵を受け取り、中のおばちゃんと昨日の「めちゃイケ」の話で盛り上がり、、、
いったいどういう関係???

3階建てなのに、2371号室。んんん、、、じ・み・な・ひと、、、か。
これは言わないようにしよう。

部屋に入ると、アユさんはすぐにテレビをつけた。
エッチチャンネル。
テレビの中では、もうハァハァやってる。

「これ見て楽しんでてくださいね」
ってバスルームに入って行った。

あれれれ?
(なんだよ、エッチビデオまかせかよー)
そのくせ、じーーーーーっと見てたけど。

アユさんがシャワーから出てきた。
バスタオルを巻いただけの姿。

くびれの→ない腰。
豊満な→下半身。
スリムな→胸。

むむ、顔も地味だが、からだも地味、なんですね。

「どう?大きくなってきました?」