コトバのコトバ

第8回 旅と言えばグルメ、ですよね?

しばらく大阪に長居しすぎたので退屈している方も多かろうと、そもそも楽しみに読んでくれてる人も少なかろうと慮り、今月は旅先で忘れられない思い出になるグルメガイドです。

まずは残念ながらもう閉店となってしまったお店なので、ガイドとは言え(幸いにも)もう訪れることはできないお店なのですが、以前京都に「T錦」という一見なんてことはないうどん屋ふう外見の店が錦市場の東側を出たところ(だから『T錦』)にあって、オレが京都の学校の講義の前に腹ごしらえしようと友人2人とそのなんてことはない店になんとなく、店の見た目価格客単価750円を意識下に想定して入店してみたところ、最安値「生湯葉うどん1500円」や、オレは嫌いというか食えないからどうでもいいのだが「さば煮2980円」などのあっと驚くドボン価格が壁やメニューや黒板に表示されている。新橋ランチの王者舞浜なら「さば味噌定食1000円」なので(オレは食わないが)3定食食えることになるし、つまり「さばの味噌煮」×3だけじゃなくおまけに「充実の刺し盛り+茶碗蒸し+小鉢+おしんこ+味噌汁+飯(おかわり自由)」×3がついてくるのだ。ここまで書いただけで、さば嫌いのオレは頭がヘンになってくるくらい腹いっぱいになれるのだ。しかもその「T錦」、ドボン価格だけじゃなくそれに輪を5重くらいにかけて地雷を踏んだかわいそうな客への殺傷力を高めているのがその店のオバハンだ。数年前に奈良だかどこだかでふとんを叩きながら大音量でラップを唱えるオバハンがいたが、まさしく同種類の野生動物である。ひたすら店の自慢を「肉うどんは三島亭の肉やで」とか「ネギは下仁田や」とかPAのように(大音量で)吐き出し、頼んでもいないもの、たとえば「ししとうの焼いたん」や「おあげさんを炊いたん」を(大音量で)すすめ、丁重にお断りするや「おいしいもんのわからへん客やな」と(大音量で)ののしられる。ワシら弱気な3人はうどん3品と他に2品くらいをすすめられるままに注文し口数も少なく気配を消してそれでも微かにおいしそうな顔をつくりながら食べて(オバハンと違って寡黙な店主のつくるものはまずくはなかったが、2000円出す代物ではなく500円で十分)いたのだが、件のオバハン、オレらが固いディフェンスに徹しようと決めたことを悟るや否や、ウッカリ入ってきた(ここに入る客はみんな結果的に『ウッカリ』だ)一人旅ふう学生ふう今で言う草食系若者に狙いを定め、4千数百円の「定食」をすすめる、と言うか(大音量で)強要する。「食べてもらわな困る」とまで歌っている。泣いても気絶しても伝票には「定食」と書く構えだ。そして厳しい警察の取調べに耐え切れず自白する冤罪被害者の様子で、学生ふうは「じゃあ、、、ソレ」とゲロするのだ。たぶん、ソレ、彼の今夜の安宿より高いよ。「きつねうどん(想像)500円」を食べにきただけなのに、京都の下町の雰囲気を楽しもうと思っただけなのに、「きつねうどん(想像)500円」を食べながら明日の散策ルートを考えようと思っただけなのに、人生の暗転とはかくもさりげなく突然起こるものなのか。オレは京都という街にさほど思い入れを持ったことはないが、このときほど京都を代表して詫びたいと思ったことはありませんわ、ゴメンくさい。って、「まずは」なんてはじめたくせにまた文字数が尽きました。「T錦」もまだ途中(ホンマか?)なのにネ。チャオ。

 

(宣伝会議「ブレーン」2010年12月号掲載)