コトバのコトバ

第4回 大阪物語、その2

(かれこれ10年ほど前のこと、市川準さんとの打ち合わせを名目に大阪に乗り込んだ一行含むオレは、打ち合わせを名目と告白するにふさわしいシンプルさで切り上げ夜の街に出て行くのであった)が、前回までの、っていうか前回だけのあらすじ。

「予約があるので失礼します」と準さんにまさしく失礼なことを言って失礼した先は十三の請来軒という焼き肉屋さんである。焼き肉食うぞー1頭はいくぞーと勢い込んで発注はしても途中で脂っ気(上とか特上ばかり頼むからだが、しみったれた並オヤジだと思われたくないというミエからだが、悪いか?)にやられてしまって、カルビにたどり着くころにはもう全員無口になってしまっている昨今のオレら中年だと寂しく目を伏せるのであるが、その頃の一行含むオレ(シンちゃん、ミズクチその他)は、咀嚼もそこそこに肉をカロリーメイト(缶入り)のように胃 に流し込むA-5クラスのビーフィーターたちだった。そしてそんなオレらの大阪ツアー(出張ですよ、出張)の主目的の一つが、この請来軒で「上肉盛り合わせ」を飽きるまで食うことだ。

「旅とは落差の発見である」という説に沿ってその欲望を解説すると、今でこそミスジだのイチボだのザブトンだのの肉が希少部位という名前を付けられているのを気の利いた店で気の利かない値付けされているのを見ることもできるが、当時の肉事情ではせいぜい上や並や特選とかの区別がやっとでそれに対して誰も疑問を持たない時代だ。ましてや関西出身者にしてみれば、「なんで肉じゃががブタやねん」という街東京では地位が低いのか高すぎてポピュラーじゃなかったのか、今思うとそんな時代だったんだなあというくらいわかりやすく牛肉の存在感は希薄だった。そんな状況に慣らされつつあったオレに、この肉都大阪十三請来軒ではメニュー、というか壁の張り紙では「上肉1500円」というくくりながらも、ちょっと珍しい部位を食わせてくれていた。さらにもっと若いころUWFの追っかけをイシイさんやコーノとしていた頃に何度も大阪(府立体育館)に行くうちにこの店を発見(と言っても元々有名店だったが)して、あまりのうまさにびっくらこいて通いつめていたのだがそこでいちばんびっくらこいたのが、葉っぱのようなカタチで葉っぱのように上下の真ん中に一本の線で左右が分かれていて、噛むとはじ けるような歯ごたえがあってその歯ごたえの後を追うように甘い(甘いと書いてウマいと読むのを最近はじめて知った)汁が口内に滴る肉だった。「おっちゃんコレなんて言うの?」(関西では関西弁が使えるならば使うこと!)におっちゃん「ミスジや」とぶっきらぼうに答えてくれ、「どこの肉やねん?」と尋ねる勇気も当時はなく(旅に勇気は必要!)、今のように検索という手段もなかったので東京に戻り図書館に通いつめて(嘘)やっと突き止めた「ミスジは前腕部の肉」。そこまで来るとミスジとオレは艱難辛苦をくぐり抜けた旧知の仲だ。もう「上肉」なんて言わないね、「おっちゃん、ミスジ3人前」だね、「他はまだええわ」だね。

そんなオレの秘蔵の店(大阪の人はみんな知っているが)に、一行を連れて来てやったのだ、気前よく。東京生まれ東京育ちのシンちゃんはそのあまりの大阪風情っぷりにすでに緊張している。この緊張が次の日ちょっとした大事件として発現する のだが。  うわあ、焼き肉焼く前に文字数が尽きた。大阪物語3に続けるか。

 

宣伝会議「ブレーン」2010年8月号掲載