コトバのコトバ

ボクキキⅩソフィア編1:遠くから来た女の子。

日曜日の午後。
お昼を食べようと、おなかペコペコで歩いていた、そのとき。

「ゲンキカナチンコマンは、どこデスか?」

えっ?「元気かな、チンコマン」?と聞き返すぼくに、うなずいているガイジンの女の子。

コバルトブルーの瞳。透けるような白い肌。プラチナブロンドのボブカット。作り物のように完璧な造形。お人形さんと言うよりも、ドール。(英語で言ってるだけやんか)

そんな初対面の美女に、「チンコ」の調子を尋ねられることは、貴重な経験だ、って貴重?

「ゲンキカナチンコマンは、おいしいデスか?」
おいしい?まあねえ、ぼくは食べたこともナメたことも、ないけどね。

「口の中がドロドロデスか?飲み込まなきゃダメデスか?」
あのぉ、とりあえず、起きぬけに、この会話はキツイです。

「ワタシおなかすいてマス」
ぼくも、おなかすいてます、が、ドロドロは、、、ちょっと、ね。

困った顔のぼくを見て、彼女、さらに困ったようで、「イキたい場所は、ここデス」と、手に持っていたガイドブックを開けて見せる。

ロシア語?なに語?チンプンカンプン。
でも彼女の指差すところに「ゲンキカナチンコマン」らしき文字と、写真・・・あれれ、これはラーメン?!
しかも、見覚えがあるようなルックス・・・あ、わかった!これ、すぐそこにある「男のど豚骨 玄海灘一番」じゃないかなあ。

もしかして、ゲンカイナダイチバン→ゲンキカナダイチバン→ゲンキカナダイチンコバン→ゲンキカナチンコマン、ってこと?

あんな、あまりの豚骨臭で味がよくわからない/店のオッサンの指がかならずスープに入っている/味玉がなぜか肉の味がするラーメン屋さん、だよ。なんで外国のガイドブックに?

店の前まで連れて行ってあげて、「アリガトございました」「じゃよい旅を」って会話をしてお別れでもよかったんだけど、でもなんか下の毛、じゃなくて、後ろ髪が引かれて。
おなかもすいてたし、思い切って、

「誰かと一緒?それとも、ひとり旅?」
(ヒトミがナンパしてるよ、ヒトミがナンパだってよ、ヒトミがナンパするようになったんだ、ヒトミがナンパヒトミがナンパヒトミがナンパヒトミがナンパ)脳内他人が大騒ぎ。

「ランチ(ど豚骨だけど)付きあってもいいかな?」
(ヒトミがナンパヒトミがナンパヒトミがナンパぱんぱんぱーん)最後は、脳内花火。

「もちろんOKデス。ワタシもニッポンのウタマルと、出会いたかったカラ」
ウタマル?もしかして、それ、ウタマロ?

でも、ウタマロって、アレ的なことじゃなかったっけ?じゃないよなあ、いきなり、にしては、ぼくのピエール付近をじっと見つめてる。

彼女の名前は、ソフィア。22歳。
東欧の知らない名前の国(単にぼくの勉強不足)から来たんだって。
大学で、日本についての学問を勉強している。なるほど、だから、日本語が流暢なんだ。
でも、日本に来たのは初めてだそうだ。

「ラーメンを食べたことはあるの?」
「ワタシの国にはラーメン屋さんはないノ、だからずっと食べてみたかったノ」

「日本の食べ物は、食べたことあるの?」
「たくさんあるワ。だっていまニホンショクの大ブーム。ワタシの家族、みんなニホンショク、大好きデス」

「ソフィアは、なにが好き?」
「オイナリサン」
珍しいもの好きだな。
「キャンタマブクロに似てかわいいから」
、、、珍しい理由だな。

「オトーサンは、ジンギスカン」
それ、日本食じゃないし、たしかにラーメンもちがうけど。

「オカーサンは、ロコモコ」
それ、思いっきりちがうし。

「オネーサンは、タイ風カレー」
それ、タイ、って言ってるし。

「あと、ワタシの国で、キツネウドンはとてもポピュラー」
へえ、日本に住んでても、なかなか食べる機会ないのに。

「森にキツネがいっぱいいて、ワタシの国、とても寒いから毛皮にするから、あまった(後略)」
首相!はじめて、お便りします。日本はとても誤解されているように、思うのですが。

「ラーメンはヘルシーね」
また、誤解があるような。

「スープは、真っ白に近いベージュで」
まあ、そういうのもあるけど。

「なぜなら、ヨーグルトでできているカラで」
できていません。

「ウエに、焼いたおモチと、すき焼きがのってイテ」
本格的にちがう。

「で、味は甘酸っぱい、ハツコイの味」
徹底的にちがう。

その時点で、店の外に連れ出そうと思ったんだけど、出てきちゃった、ど豚骨。
あまりの想像していたものとの落差に、ソフィア呆然。

「これ、ラーメン、じゃないですヨネ」と言われても困るんだ、ユメを壊す(ユメか?)ようで。
でも、日本人として、真実の日本を知ってもらわないと(おおげさ)。

「これが、日本でラーメンと呼ぶものだけど」
「このエロ臭いスープは、ナニで出来ているんデスか?」

「豚骨、つまり豚の骨」
「オマエのようなどこの豚の骨ともわからんヤツに娘はやれん!の、豚の骨デスか?」

ソフィアの国ではいま、日本の時代劇が大ブームらしい。中でも、「暴れん坊将軍」。
「マツダイラは、ソウ セクスイィ」だそうだ。それはそうと、正解は、馬の骨。

おそるおそるかわいい鼻を近づけて、ソフィア、小声で、「信じられマセン」と言う。

玄海灘一番は、博多本場の味が売り物だ。東京の人でも、ちょっとね、って人がいるくらいだから、東欧の人にはね・・・。
でもせっかくだから、「ちょっと食べてみたら」とすすめると、スープをれんげで一口飲んだ。顔をしかめている。(しかめてもかわいい←ヒトミバカ)
やっぱり、口に合わないか。

ソフィア、「シャワー浴びる前のアレを、口に押し込まれたトキの味がシマス」
そのたとえはいかがなものかだが、やっぱりダメなんだ。

「そう割り切れば、なかなかイケマス」
、、、わからん。ストレンジャー。イングリッシュマン イン ニューヨーク。とくに意味なし。

「おいしかったデス。ごちそうさまデシタ」
彼女、替え玉までして、小さく手を合わせた。

日本人の女の子でも、ちゃんとごちそうさまが言えないのに、やっぱりかわいいな。
おなかも一杯になって、ぶらぶら歩きながら、ソフィアに質問してみた。
ぼくと同世代のちがう国の人が、なにを考えているか、興味あったから。

「ソフィアは、将来は何になりたいの?」
「おかあさん」
そりゃまた古風な。

「ツギの世代を育てるって、ニンゲン一生の仕事だと思う」
そう考えるか。視点がちがうな。

「でも日本の勉強が、あまり役に立たないかもね」
「おかあさんになって子供が出来たら、ニホンの子守唄を歌ってアゲタイ」
日本の子守唄を聞いて、遠い国の子供が育つなんて、いいなあ。
しっかりしてるなあ。たぶん、育ってきた環境から、違うんだ、ぼくなんかとは。

「ぜんぜん違うね」
ぼくがそう言うと、
「違うのが、あたりまえじゃナイ?」
あなたって、なんにもわかってないのネ、って顔をされた。

そんなときだ!話に夢中になってて、すれ違いざまに、ドシーン、誰かとぶつかった。
どちらかと言うと、相手が角から飛び出してきたんだけど。

ヤべッ、見るからにあまりにコワい人。もちろんぼくは、0.03秒でごめんなさい、だ。
すると、ソフィアが、
「ヒトミは、コノ人がコワいからあやまるノ?自分がヨワいからあやまるノ?」
ぼくの答えは・・・両方です。

「あやまるのは、自分が悪いときダケ。ね、そうデショ?」
と、コワい人にまで同意を求めている、おいおいおい。。。
でも、そしたらその人も「オネーチャンいいこと言うなあ」って握手して行っちゃった。

なにがなにやら、これまで知ってる女の人たち(そう多くはないですが)とも、ソフィアはまったく違う。知らない国の街角で起きている、出来事みたいだ。